〇第7:化城喩品(けじょうゆほん)
化城喩品では、始めに、仏の出現が説かれます。仏の名は「大通智勝仏」です。「大通智勝仏」という名は、”大いなる神通と智慧に よってもっとも勝れた仏”という意味で、この仏が“智慧の完成者”であることが示唆されています。
大通智勝仏の出家する前の子どもであった十六人の王子が登場します。その中の16番目の王子が釈尊です。王子たちは、父が成仏 したことを聞き、父のもとに向います。そして、説法を要請します。大通智勝仏が説法をはじめますが、その時、最初に説いたのは四諦 、および十二因縁の教えです。これを聞いて多くの声聞衆が誕生します。四諦・十二因縁の法は、仏の悟りの一面を示した方便の教え です。端的に割り切って言えば、これらの教えの基本は”苦しみの原因である煩悩を滅して、安穏な境地を得させる”ことにある。しかし、 仏の本意は、自分が得た無上の悟りを得させることにあります。そこで、十六王子という人を得て、かつ、時を待って法華経を説き、本意 を明かすのです。大通智勝仏は八千劫の間、法華経を説いた後、さらに八万四千劫の間、禅定に入りました。菩薩となった十六王子 は、大通智勝仏が禅定に入っている間、また、その後も、仏と同じく法華経を説いていきます。
釈尊は「私は十六番目の菩薩として、かってあなたがたのために法華経を説いた。このゆえに方便を用いてあなたがたを導き、仏の智慧 に向かわせてきたのである。この”本因縁”を以って、今、法華経を説いて、あなたがたを仏道に入らせるのである。」と。以上が釈尊と声 聞たちの「宿世の因縁」です。方便品や譬喩品の説法を領解できなかった冨楼那、阿難などの声聞は、この化城喩品の因縁を聞くこと によって初めて得道し、次の五百弟子授記品(第八章)、授学無学人記品(第九章)で成仏の授記を受けることができました。
化城喩品では仏と在世の弟子たちとの因縁を説いた後、さらに「化城宝処の譬え」が説かれます。
宝のある場所(宝処)を目指して五百由旬もの険しい遠路を、一人の導師に導かれた隊商が行きます。しかし、途中で人々は疲労の 極に達し、もうこれ以上進むことはできない、と導師に言います。ここで引き換えしては、これまでの苦労が無駄になってしまいます。素晴 らしい宝を捨てて、なぜ帰ろうなどというのか、と人々を憐れんだ導師は、三百由旬を過ぎたところに神通力によって一つの城(都市)を 作り、あの城に入れば安穏になれると励まします。この言葉を聞いて歓喜した人々は進んでその城に入り、疲れ切っていた体を休めました。 人々が休憩を十分にとったことを確認した導師は、その城をたちまちに消し去り、あの城は、あなたがたを休憩させるために私が作った幻 の城に過ぎない。真の目的である宝処は近い、と説くのです。
導師が見せた幻の城(化城)は方便で、仏の無上の悟り(宝処)のみが目指すべき真実の悟りであることを明かします。
第8:五百弟子受記品(ごひゃくでしじゅきほん) へ
化城喩品では、始めに、仏の出現が説かれます。仏の名は「大通智勝仏」です。「大通智勝仏」という名は、”大いなる神通と智慧に よってもっとも勝れた仏”という意味で、この仏が“智慧の完成者”であることが示唆されています。
大通智勝仏の出家する前の子どもであった十六人の王子が登場します。その中の16番目の王子が釈尊です。王子たちは、父が成仏 したことを聞き、父のもとに向います。そして、説法を要請します。大通智勝仏が説法をはじめますが、その時、最初に説いたのは四諦 、および十二因縁の教えです。これを聞いて多くの声聞衆が誕生します。四諦・十二因縁の法は、仏の悟りの一面を示した方便の教え です。端的に割り切って言えば、これらの教えの基本は”苦しみの原因である煩悩を滅して、安穏な境地を得させる”ことにある。しかし、 仏の本意は、自分が得た無上の悟りを得させることにあります。そこで、十六王子という人を得て、かつ、時を待って法華経を説き、本意 を明かすのです。大通智勝仏は八千劫の間、法華経を説いた後、さらに八万四千劫の間、禅定に入りました。菩薩となった十六王子 は、大通智勝仏が禅定に入っている間、また、その後も、仏と同じく法華経を説いていきます。
釈尊は「私は十六番目の菩薩として、かってあなたがたのために法華経を説いた。このゆえに方便を用いてあなたがたを導き、仏の智慧 に向かわせてきたのである。この”本因縁”を以って、今、法華経を説いて、あなたがたを仏道に入らせるのである。」と。以上が釈尊と声 聞たちの「宿世の因縁」です。方便品や譬喩品の説法を領解できなかった冨楼那、阿難などの声聞は、この化城喩品の因縁を聞くこと によって初めて得道し、次の五百弟子授記品(第八章)、授学無学人記品(第九章)で成仏の授記を受けることができました。
化城喩品では仏と在世の弟子たちとの因縁を説いた後、さらに「化城宝処の譬え」が説かれます。
宝のある場所(宝処)を目指して五百由旬もの険しい遠路を、一人の導師に導かれた隊商が行きます。しかし、途中で人々は疲労の 極に達し、もうこれ以上進むことはできない、と導師に言います。ここで引き換えしては、これまでの苦労が無駄になってしまいます。素晴 らしい宝を捨てて、なぜ帰ろうなどというのか、と人々を憐れんだ導師は、三百由旬を過ぎたところに神通力によって一つの城(都市)を 作り、あの城に入れば安穏になれると励まします。この言葉を聞いて歓喜した人々は進んでその城に入り、疲れ切っていた体を休めました。 人々が休憩を十分にとったことを確認した導師は、その城をたちまちに消し去り、あの城は、あなたがたを休憩させるために私が作った幻 の城に過ぎない。真の目的である宝処は近い、と説くのです。
導師が見せた幻の城(化城)は方便で、仏の無上の悟り(宝処)のみが目指すべき真実の悟りであることを明かします。
第8:五百弟子受記品(ごひゃくでしじゅきほん) へ